結婚ものしり辞典 結婚情報の歴史

古くて新しい出会いの形 “結婚情報”結婚情報の歴史

オーネットが行っている「結婚情報サービス」は、「仲人」とは発想を異にするものですが、その目的とするところは、“より良い結婚”であり、目指す精神は同じです。
「日本の仲人」に始まる結婚情報業の歴史を紹介します。

元来の「仲人」は、結婚に際して双方間の使者としての「媒酌人」に過ぎず、その「媒酌人」を立てるか否かによって、私通・結婚の区別が付けられていました。職業として「仲人業」が生じたのは、鎌倉時代初期にまで溯ります。

『玉藻故事類苑礼式部十四所』によると、この時代「中媒」と呼ばれる職業が出現し、武士社会となり没落した貴族階層、政争にまきこまれた武士階級の女性たちの身の振り方を斡旋する「ブローカー」的な職業を行っていた、とあります。しかし、一部には女衒まがいの悪質業者が発生し、「中媒」規制の御法度が出ています。

江戸時代のお見合い
「風流量婚姻客式 見合」

風流量婚姻客式 見合

作者不明
お見合いの歴史は意外と新しく、江戸時代後期といわれる。双方の世話役が、神社の境内にある水茶屋(今の喫茶店)や芝居小屋で引き合わせていたという。図は水茶屋で待つ優男(やさおとこ)と、恥じらいながら世話役に案内される女性。

結婚広告

結婚広告

時代は飛んで、江戸時代中期には浪人武士、町人などの職業紹介を兼ねた「肝煎所」と呼ばれる「結婚媒介業」をしていた人たちがいました。

寛文7年(1667年)版『子孫鑑』によると、慶安と名のる者が、浪人武士、町人等に対して、雇用斡旋とともに結婚媒介を業としていたが、主としていた雇用斡旋業の方が利が薄く、完全に結婚媒介所へ移行していった、ということです。 この「肝煎所」「肝煎業」は川柳や瓦版などから、一般に定着していたことが伺えます。

近代になると、日本は人口流動を招き、大都市に人口が集中していきました。結果、地縁・血縁を頼りに結婚相手を探すことが難しくなりました。そうした背景を受け、いわゆる「結婚相談業」が登場します。

現在の「結婚相談所」は、明治13年(1880年)5月、山口吉兵衛が大阪で始めた「養子女婿嫁妻妾縁組中媒取扱所」が最初です。この長い看板を掲げ、「縁組みは人間の大礼生涯の一大事件なり、依って専ら信義を厚うし之を取扱い必ず不当の手数料を受けず、且つ無益の時目を経過せず速に双方の望を達せんが為今般開業仕候間四方の諸君子陸続来臨有らんことを希望す」という宣伝のビラをまきました。以後、明治・大正にかけ「高砂屋」の愛称で、庶民社会に大いに親しまれるようになりました。

またその頃、新聞に「結婚広告」も出現します。これは自分の略歴、相手の希望条件を掲載し、自分自身で結婚相手を見つけようとするもので、新聞が社会に普及し始めた時期と重なります。ちなみに公立の結婚相談所が設立されたのは、昭和8年(1933年)東京市においてです。

第二次世界大戦後、結婚適齢期男子の減少で、女性に厳しい結婚難が訪れました。東京大学日高孝次教授による自宅を開放しての集団見合い、適齢期男女を集めた大規模なパーティが開催されました。

また、昭和27年(1952年)には、「結婚相談室」が文化人の手によって設立されマスコミを賑わしました。以後、関連企業が多く設立されます。

これらは、個人の希望を優先させ、会員同士に出会いの場を提供し、引き合わせるという「結婚相談所」ですが、会員の社会的条件や心理テストによる性格判断を情報としてコンピュータに登録し、蓄積された情報に基づいて最適とされる候補者データを定期的に紹介していく「結婚情報サービス」は昭和40年代後半、 1970年に入ってから営業を開始しています。

この件についてのお問い合わせは、株式会社オーネット/広報 (press@onet.co.jp) まで

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